左半身が消失!?【アルベイズ開発秘話2】

さて、本日はアルベイズ開発秘話第2話をお送りします。

第1話はこちらです。

⇒婚約したら余命2年

 

今回の目次

  1. 悪性脳腫瘍グリオーマ
  2. 楽には死ねない
  3. いよいよ開頭手術
  4. 人生初の左半身喪失
  5. 即座に抗がん剤と放射線治療
  6. 衝撃のリハビリ
  7. 一人暮らし禁止&強制送還

悪性脳腫瘍グリオーマ

 僕の脳内にできた”おでき”はグリオーマ(神経膠腫)と呼ばれる悪性脳腫瘍でした。

グリオーマの予後が極めて悪いのは、こいつに困った性質があるせいです。

楽には死ねない

患者は概ね手術から2年程度で死亡する病気だというのは前回お話した通りなのですが、それは心臓が止まるという意味での死です。

死ぬとしてもその前に腫瘍が侵入した脳の部位が司っている機能は失われていくので、「心臓が止まるより先に体は動かなくなるし、言葉も理解できなくなるかもしれない」というわりと救いようのない病気です。

脳みそを削るしかない

しかも、グリオーマは正常な脳細胞の間に入り込んで行ってしまう腫瘍で正常な脳との境界がありません。

がんの手術の際、一箇所に塊であればそこを切り取って終わりなのですが、

しかし、グリオーマの場合、どこに腫瘍細胞がいるか分からないので、怪しそうな場所を正常な脳細胞ごと切り取るしかありません。

切り取った正常な脳細胞が担っていた機能は当然失われます。

さらに腫瘍細胞は正常な脳細胞の中に紛れているので、手術で完全に取り除くことは事実上不可能です。

そして、残っていればまた増殖します。

そのため、平均余命が1~1.5年と極めて予後が悪いがんです。

 

不幸中の幸い

僕の場合、運良く腫瘍ができてたのが、右前頭葉だったので、言語には特に障害は出ませんでした。

手術を受けるまで知らなかったのですが、大抵の人間の右前頭葉は何をしてるのかよく分かっておらず、削っても比較的問題にならないらしいです。

世間ではよく「左脳が論理脳で、右脳が言語脳」とか言われてますが医学的には真っ赤な嘘です。

ごく稀に言語野が右前頭葉にある人もいるそうで、その場合、右前頭葉を切るとと言語に障害が出る可能性が高いらしいです。

いよいよ開頭手術

いよいよ手術の朝になり、手術室まで看護師に付き添われて歩いていきます。

こういう時ドラマだとたいていストレッチャーで運ばれていくので僕も乗せられて運ばれると思っていたら、現実は全然違いました。

普通に歩いて手術室入室でした。

しかし、手術台の上で煌々と輝いているライトはドラマと変わりありませんでした。

手術台に乗るときは「意外と寝るベッドは狭くて枕も小さいんだな。寝返り打ったら落ちるな。」とか考えてました。

 

余談:患者は頑張れない

よくドラマなんかで手術室に入る前の患者に「頑張ってね」と声をかけるシーンがありますよね?

僕はいつも謎に思ってました。

患者は麻酔かけられて意識ないのにどうやって頑張るの?と。

どちらかというと頑張るのは10時間もぶっ続けで手術する執刀医なんじゃないかと。

 

人生初の左半身喪失

手術の最中は麻酔で意識がないので、「ゆっくり息をして・・・吸って吐いて・・・」から気づくと突然、全身管だらけで身動き取れない状態で寝ていました。

集中治療室で、人生で初めて、てんかん発作(痙攣)を経験して死ぬかと思いました。

自分の身体が意思と関係なく動くという経験がなかったので。

人間の神経は右と左が延髄で交差しているので右脳は左半身の運動を、左脳は右半身の運動を制御しています。

右前頭葉であれば、言語能力に大きな影響はないとはいえ、左半身には影響が出ます。

何より怖かったのは、発作が起こった後、しばらく自分の左半身が消えて右半身だけになることでした。

右手と右足は感覚があって動かせるのに、左手と左足は感覚がなく全く動かせない

感覚としては自分の左半身が消失したような感じ。

こっちの方が手術台に乗る前の100倍は怖い。

医学的には左半側無視と言って、脳が左半身を認識できなくなるために起こる症状らしいです。

 

即座に抗がん剤と放射線治療

発作は頻繁に起こるし、半身麻痺でまともに動けないしで大変な状態でしたが、手術の傷も生々しいうちに放射線治療と抗がん剤が開始されました。

放射線を当てる治療では上の画像は無料素材サイトから取ってきたので実際の治療中の僕ではありませんが、まさにこんな感じで被爆していました

ちなみにこのジェイソンルックなマスクは放射線の当たる位置がずれないように、一人一人顔面の型をとって、オーダーメイドで作られます。

副作用

幸い僕の場合、放射線治療で元々薄かった右前が禿げ上がったことと、抗がん剤で重度の便秘になったくらいでした。

吐き気が酷くて何も食べれないとかはなかったです。

(病院食が不味すぎて食べれないのはありましたが)

最強の便秘薬ヨーグルト

便秘も助っ人に来た母にヨーグルトを買ってきてもらったら治まるくらいだったので、そこまでひどくはなかったです。

丸一週間でなかった時はさすがに苦しくなって、医者から病院に置いてある便秘薬の中で最強のものを出してもらったりしましたが。

結局僕の場合、最強の便秘薬よりヨーグルトの方が良く効きました(笑)

治療の副作用は大したことはなかったのですが、リハビリは自分のできなくなっていることに驚きました。

 

衝撃のリハビリ

左半身が全く動かない状態では生活できないので、治療と並行してリハビリもやっていました。

一般的な手すりを持って歩いたり、階段の上り下りをしたり、というリハビリももちろんやったんですが、

リハビリで一番衝撃的だったのは

反射神経測定機みたいなヤツで光ったボタンにタッチするというリハビリがあったんですが、終了後に理学療法士さんから「左のボタンが光ったの分かりました?」と聞かれて驚きました。

左側のボタンが光ったことに全く気づいていなかったのです。

できなかったことすら認識できない。

脳機能障害の恐ろしさを再び実感した出来事でした。

 

 一人暮らし禁止&強制送還

手術後はてんかんの発作がちょくちょく起こるようになり、一人暮らしは医者から禁止されました。 発作を起こした時に誰かがすぐ助けに来てくれないと、大事になる可能性があるので。

恋人と結婚して東京で一緒に暮らすという選択もあるにはあったんですが、聞いてみたらさすがに断られました。24時間旦那のそばにいないといけないのは難しいと。

他に24時間誰かそばに誰かが居てくれる環境となると実家しかありません。

そんなわけで、九州の山奥にある実家に帰ることになりました。

 

次回はいよいよ幹細胞が出てくる第3話「幹細胞で人体実験」です。

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